【安産祈願 神奈川24選】大巧寺ほか有名神社や寺から厳選

初穂料: 10,000円
住所: 神奈川県相模原市中央区上溝1678
電話: 042-751-1138

溝口神社:神奈川県川崎市

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由来

ご祭神は天照皇大神です。神社の創立年代は明らかではありません。

神社保存の棟札によれば、宝永5年(1709年)武州橘樹郡稲毛領溝口村鎮守、赤城大明神の造営を僧・修禅院日清が修行したと記されております。江戸時代は神仏習合により、溝口村の鎮守・赤城大明神と称されていました。

明治維新後、神仏分離の法により、溝口村(片町・上宿・中宿・下宿・六軒町・六番組)の総鎮守として祀るべく新たに伊勢神宮より御分霊を賜り、御祭神を改め溝口神社と改称しました。

住所: 神奈川県川崎市高津区溝口2-25-1
電話: 044-822-3776

星川杉山神社:神奈川県横浜市保土ヶ谷区

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由来

星川杉山神社は、東に横浜の港、千葉県上総の山々、西に霊峰富士の山を望むことができる高台に位置しています。

平安の時代、『続日本後紀』には、貞和5年(838年)に御神徳があるとして、朝廷より幣帛が授与されたことが記されています。御祭神は、 勇敢で力が強い日本武尊です。 日本武尊には、次のような言い伝えがあります。

日本武尊は、相模の国(神奈川県)に行き、走水(横須賀市)の港から上総の国(千葉県)へ渡るため船に乗り込みました。しかし、海で荒波に遭遇してしまいました。

すると武尊の妻であったオトタチバナヒメが自ら入水すると海の神の怒りは鎮まり、無事、到着することができました。

妻が亡くなった日本武尊はとても悲しみながらも戦いの日々を送りました。 日本武尊は帰郷する途中で力尽き、白鳥となって大和の国へ飛び、天へ昇ったと伝わっています。

初穂料: 5,000円よりお気持ち(初宮のみ7,000円より)
住所: 神奈川県横浜市保土ケ谷区星川1-19-1
電話: 045-332-2655

横浜熊野神社:神奈川県横浜市鶴見区

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由来

ご祭神は、神伊邪那美尊、事解之男命、速玉之男命です。

聖武天皇神亀元甲子年(西暦724年)に全寿仙人によって熊野山に開かれました。

ご祭神は、 和歌山県熊野三社と一体です。仁和元年(885)7月には光孝天皇の勅使である六条中納言藤原有房卿が下向され「関東随一大霊験所熊埜宮」の勅額を賜わりました。

それ以来、宇多、醍醐、朱雀、村上天皇が国家鎮護などを祈願する勅願所として社僧17坊が附せられました。北条早雲、徳川家康・家光・家綱ら将軍家から篤崇敬されました。

天暦3年(949)から現在まで続く筒粥神事は2014年で1050回余にもなります。

横浜市の無形民俗文化財にも指定されている古神事です。 ご神水を加えて粥を炊き吉凶を占います。

住所: 神奈川県横浜市鶴見区市場東中町9-21
電話: 045-501-8685

瀬谷 諏訪社:神奈川県横浜市瀬谷区

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由来

祭神は建御名方神です。 御名方神で風水神、軍神、鍛冶神、農業神ともよばれています。

御心徳は、商売繁盛、家内安全、開運招福などです。神社の起源は明らかではありません。1180年(治承4年)8月23日 真鶴岬にて石橋山の戦いが起きました。

頼朝の軍勢300名に対し大庭景親の軍勢 は3000 名でした。戦いは頼朝軍の総崩れとなり、頼朝は土肥実平ら6名を従え、敗走しました。吾妻鏡巻一には1180年(治承4年) 10月6日、 頼朝は房総で挙兵しました。

畠山次郎重忠を先陣に鎌倉に行く前夜、相模に入り、世野郷(瀬谷郷)の相辺沢の当神社に一泊しました。翌日、相辺沢六郎義氏・相辺沢七郎義村の案内で、隣村の飯田家義と共に大庭三郎景親・俣野五郎景久兄弟を 俣野村で討ちました。

のちに、建久三年7月(1192)頼朝が征夷大将軍に任じられた時、当神社の前の水田五反歩を寄進したと伝えられています。

住所: 神奈川県横浜市瀬谷区相沢3-24-1
電話: 045-302-8915

篠原八幡大神:神奈川県横浜市港北区

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由来

篠原八幡大神のご祭神は、應神天皇(誉田別命)です。

鎌倉時代、後鳥羽院建久3年(1192年)9月鈴木村の鎮守として仝村字会下谷に鎮座し、鶴崎八幡と称しました。

寛永8年(1631年)社殿を造営しました。寛文7年(1667年)時の代官伊奈半十郎手代新井孫兵衛が社殿を再建し、若宮八幡と称した。

ご祭神は、生まれてからすぐに歩き、身の丈が7尺余り(約2m)あり、生涯で一度も病気もされず110歳まで長生きをされたとの伝説があります。このため子育て八幡といわれています。

住所: 神奈川県横浜市港北区篠原町2735
電話: 045-421-0859

白幡八幡大神:神奈川県川崎市

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由来

玉依姫命( 安産、商売繁盛、方位除の神様)、神功皇后(安産、合格、厄除の神様)応神天皇(成功・勝利、交通安全、病気平癒の神様)です。

平安時代中期の平元年(1058) 源頼義が奥羽二国の征討将軍となりました。しかし当時の奥羽二国は未開の地で、安全な地帯ではありませんでした。

そこで、崇敬していた鎌倉八幡宮へ「使命を果たす事が出来ましたら鎌倉から奥州へ行く街道十里(40km)毎に八幡祠一社ずつを造ります」と願いました。

この誓いが神に通じ、無事に帰る事が出来たので康平4年(1061)に当神社を奏祠しました。源頼朝が鎌倉幕府を開き、祖先の来歴を調べ、建久3年(1192)に当神社を再建しました。

そして鎌倉八幡宮から御霊分けし、源栄山八幡宮と称されます。稲毛三郎重成が領主となり、稲毛領57ヶ村の総鎮守となりました。

住所: 神奈川県川崎市宮前区平4-6-1
電話: 044-977-5639

水天宮平沼神社:神奈川県横浜市西区

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由来

水天宮平沼神社は、 天保10年、平沼新田を開拓した平沼九兵衛翁が守護神です。

横浜駅東口一帯の高島町(現在は一部みなとみらい)、平沼町、西平沼町、緑町(現在は一部みなとみらい)の氏神様として崇敬されています。

社伝によると当時の平沼新田は塩田でした。塩田で作業をしていた村人が、入江に流れついた祠を見つけました。村人は、何回も沖に返しましたが岸に流れ着きました。

九兵衛翁に相談すると九兵衛翁は、平沼新田の守護神としてお祀りしました。祠の内には、九州久留米の水天宮様の御神札が祀られていたため、水天宮と称し、安産・水の神様として信仰を集めています。その後、明治初期に水天宮から、平沼神社と改称されました。

今は、水天宮様、水天宮平沼神社と称されています。御祭神は、天御中主神、安徳天皇です。安徳天皇は、入水された後、水を司り、子供を守る神様として崇敬されています。二柱は「安産・水徳の神」としてお祀りしています。

御祈願の際に、さらし帯やコルセット等の妊婦帯を持参すれば、お清め祓いをしていただけます。

住所: 神奈川県横浜市西区平沼2-8-20
電話: 045-321-8895

比々多神社:神奈川県伊勢原市

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由来

主祭神は、豊斟渟尊(国土創造の神様)、天明玉命(玉造りの神様)、稚日女尊(機織りの神様)、日本武尊(叡智と武勇の神様)で、相殿神は、酒造りの神様である大酒解神(大山祇神)、 縁結び・子授安全の神様である小酒解神(木花咲耶姫)です。

歴史は古く、神社境内地・近隣より発掘出土した遺跡遺物によると縄文時代中期の祭祀遺跡の御神体の環状配石(ストーンサークル)の「立石」(=メンヒール)が見つかっています。

「社伝記」(天保5年・1834年)によると、初代神武天皇6年(紀元前655年)が社を建立し、相模国の霊峰大山を神体山として豊斟渟尊を日本国霊として祀ったことのが始まりです。

『三宮冠大明神』には源頼朝が妻・政子出産に際し、安産祈願のため神馬を奉納されたと記されています。

また、源頼朝公は、元暦元年(1184)、大規模な社殿再建を行いました。徳川家の信仰も篤いです。

住所: 神奈川県伊勢原市三ノ宮1472
電話: 0463-95-3237

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